カテゴリ:歴史( 13 )

月山富田城

今回の旅行のスケジュールは本来GWに行こうと思っていたコースです。

お盆休みにも行こうと思っていたのですがこれまた中止になりました。



私の趣味の後は 夫婦で楽しめる撮り鉄

その後は 主人の趣味に付き合いました。

歴史好きな主人が以前から行きたいと言っていた月山富田城

夕方に到着
月山富田城_d0285540_05472997.jpg

山城です^^;

まさか登るなんて言わないよねぇ〜💦

月山富田城_d0285540_05483189.jpg

さすが国の史跡に指定されているだけのことはある立派な山城です。

月山富田城_d0285540_05500690.jpg

主人のテンションが上がり始めました。

月山富田城_d0285540_05503581.jpg

土塁を見て 主人の得意なウンチクが始まりました(笑)

蝶撮影の時は登山はしない主人ですが
月山富田城_d0285540_05511763.jpg

ウソでしょう〜〜〜〜💦

登り始めちゃいました。
これはとまらない・・・

月山富田城_d0285540_05523316.jpg

息を切らせながらも三の丸まで上がりました。

月山富田城_d0285540_05540472.jpg

三の丸からの眺め

月山富田城_d0285540_05540714.jpg

曲輪や石垣・堀切・土塁などの防御施設を配した大規模な城郭跡

なかなか落ちないわけですね

月山富田城_d0285540_05531076.jpg

二の丸

月山富田城_d0285540_05585397.jpg

アカタテハ がいました^^

月山富田城_d0285540_05553309.jpg

二の丸から本丸を見たアングル


月山富田城_d0285540_05551944.jpg

本丸から二の丸を眺めたアングル

月山富田城_d0285540_05561508.jpg

本丸跡には神社がありました。

月山富田城_d0285540_05571402.jpg

本丸からの眺め

この川が城を守っているというウンチクを延々と・・・笑



戦国期には尼子氏の居城として繁栄を極め
その後は毛利氏 吉川氏 堀尾氏と城主が交代し
堀尾氏が松江城を築きそこに移ったため 廃城となった城です。


ずっと行ってみたいと言っていた月山富田城跡

主人も満足そうでした。



by h13_540 | 2020-09-27 04:41 | 歴史 | Comments(0)

明智光秀は生きていた!?


明智光秀の前半生は謎に包まれています。
岐阜県内各地にゆかりの地とされる場所が多数あるようです。




2月2日(日)は岐阜県の山県市に行ってきました。


明智光秀は生きていた!?_d0285540_20072840.jpg
明智光秀は山崎の合戦で死んだのではなく
実はその時に死んだのは影武者であり
密かに故郷の山県に落ち延びて荒深小五郎の名で住んでいた。

そんな伝説が残るのが ここ「桔梗塚」と呼ばれる光秀のお墓です。

明智光秀は生きていた!?_d0285540_20100603.jpg

光秀の母が産湯を汲んだとされる井戸がありました。


明智光秀は生きていた!?_d0285540_20101036.jpg

明智光秀は生きていた!?_d0285540_20101593.jpg


桔梗塚は明智光秀のお墓とされています。

光秀は 本能寺の変の後に身代わりとなった影武者
「荒」木山城守行信に恩の「深」さを感じ
荒深小五郎と姓を改めたとされているようです。

その後 関ヶ原合戦で徳川家康に従軍しようと藪川を馬で越えようとしたときに
洪水に巻き込まれ溺死
従者たちは光秀の遺品を持ち帰りお墓を建てたと伝えられているようです。

明智光秀は生きていた!?_d0285540_20101944.jpg
明智家の家紋は「桔梗紋」で
土岐氏の家紋「水色桔梗紋」から用いたのではないかとされていて
桔梗紋にちなんで桔梗塚と呼ばれているようです。


山県市の市民から選ばれた市の花も「桔梗」で
歴史が脈々と受け継がれていることを感じられます。







ここに来て私が感じたことは・・・

ギフチョウが好みそうな場所だということ(笑)
今年はその頃 一度訪れてみようかな♪













by h13_540 | 2020-02-05 14:12 | 歴史 | Comments(0)

明智城跡

明智光秀が生誕から30年過ごしたと言われる明智荘


26日は6歳の孫を連れて明智城跡に行ってきました。

明智城跡_d0285540_14402666.jpg
 明智一族と関係が深いと言われている天龍寺(可児市)

明智一族のお墓もありました。

明智城跡_d0285540_06531993.jpg


日本一大きいと言われる光秀の位牌(高さ184cm)

明智城跡_d0285540_14403127.jpg

大手門(大手口跡)

6歳の孫も頑張って山頂まで登ることができました。

成長したなぁ〜^^♪


明智城跡_d0285540_14403659.jpg

普段は城主 家臣とも麓の屋敷に住んでいたので
山城の建物(本丸)は簡素で
雨風をしのげる程度であったようです。

明智城跡_d0285540_14403985.jpg

明智城跡本丸跡石碑

明智城跡_d0285540_06574499.jpg
昨年建築した展望台

明智荘が一望できます。




山登りをして疲れたので近くの温泉

天然温泉 三峰 でひと休み^^

明智城跡_d0285540_14404358.jpg
その後 孫の希望でセントレア まで行き ボーイング787を見学しました。




明智城跡_d0285540_07083712.jpg
セントレア では全国武将隊大博覧会〜宴〜  という催し物をして
明智光秀の割り箸をいただきました^^











by h13_540 | 2020-01-31 04:39 | 歴史 | Comments(0)

麒麟がくる

いろいろな事がありましたが
19日から大河ドラマ「麒麟がくる」が放送されます。



11日(土)から明智光秀ゆかりの地では ドラマ館がオープンされ
とても賑わっているようです。

麒麟がくる_d0285540_18432103.jpg

13日(月・祝)行ってきました。

麒麟がくる_d0285540_18435388.jpg
他府県ナンバーの車も多かったです。

麒麟がくる_d0285540_18445440.jpg

道三の娘で のちに信長の妻になる帰蝶(きちょう)

もちろん 目に着いたのは衣装^^
名前にちなんでアゲハが描かれています💕
麒麟がくる_d0285540_18445627.jpg
色鮮やかに飛び交う蝶は監督のこだわりだそうです。

明智光秀のイメージカラーはグリーン
緑色の衣装が多いようです。


戦国時代は日本の歴史の中でとても派手な色が使われていた時代だそうです。
4k放送という事で
ビビットな色彩を使い華やかになっているところも楽しみです♪




謎が多い 明智光秀をどう描くのか?
興味があります^^ 楽しみです♪










by h13_540 | 2020-01-16 05:19 | 歴史 | Comments(0)

安土城跡

24日(日)は安土城跡に行ってきました。

信長の脳内がわかると言われているお城です。

安土城跡_d0285540_07160203.jpg
この場所を訪れたのは3回目

昔はこんなに整備されていなくって無料だったのに・・・

この長い階段をみるとため息が出る・・・^^;


安土城跡_d0285540_07175443.jpg

ヒェ〜〜〜〜
登り石段405段💦


信長さん!やめてよ〜〜〜
と家臣も思ったんじゃないかな?

お寺じゃぁ〜あるまいし
普通お城の道は防衛を考えてまっすぐには造らないのが定石

直線距離は180m  馬でも登れるように設計してあるようです。

安土城跡_d0285540_07173899.jpg
登り始めて20m
左側に羽柴秀吉邸

ここには日本で最初の櫓門があったとされています。

安土城跡_d0285540_07181464.jpg

もう少し登って右側に徳川家康邸


安土城跡_d0285540_07183190.jpg
天主閣に近づくと階段はくねくねに変わる

いきなり不信感を丸出しにする設計💦



本能寺の変が起きた理由は60ほどの説があるようですが
本能寺の変の後11日目で殺されている明智光秀

安土城は本能寺の変の後 13日目で火をつけられている。
ってことは光秀ではないってこと

さて 誰だろう?
外部の人なら安土城の麓に住んでいる家臣の家にも被害があったりするのに
燃えたのは城のみ・・・

いまだ真相は明らかにされていない💦

実はこの安土城

城から私生活も見られているようで
家臣たちは24時間監視されている気分で
気が休まらないと思われていたとか・・・


どうも織田信長は歴史上最も裏切られた男だったようです。

安土城跡_d0285540_07184518.jpg


天主閣付近にこんなに大きな石を持ってこさせて家臣も大変ね〜💦


安土城跡_d0285540_07193180.jpg

黒金門

ここからはプライベート 信長空間に入るぞ!という
大切な門

権威の象徴ってことですね

外枡形と呼んでいて当時最先端の門
2つの門を抜けるまで侵入者を防ぐ防御力の高い門
ここから先は本当に信頼するものしか通さない信長の意思が伝わる門です。


中で暮らせたのは森蘭丸と言われています。





焼け落ちている城なので
高温のため石垣の石が割れているのも見どころの一つ

生き証人です。

安土城跡_d0285540_07200276.jpg

天主閣って「守」って書くんじゃなかったけ?^^;

信長らしい表現ですね💦


安土城跡_d0285540_07213024.jpg
ミステリーゾーン


安土城跡_d0285540_07234108.jpg

少し高台から・・・

ミステリーゾーンには宝塔があったとされている。


安土城跡_d0285540_07253012.jpg
安土山の中腹にある摠見寺三重塔

1454年建立 1955修理



久しぶりの歴史探索
主人は大喜び♪



追記
安土城跡_d0285540_19224576.jpg
安土山から撮影した撮り鉄♪













by h13_540 | 2019-11-28 20:34 | 歴史 | Comments(2)

西教寺・坂本城跡

23(土)は琵琶湖の西にある西教寺に行ってきました♪


来年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公
明智光秀の一族(奥さん)のお墓があるお寺です。

時代考証が小和田哲男氏♪

「西郷どん」の時代考証は磯田道史氏でした♪

このお二方の歴史解説はとても面白い^^


西教寺・坂本城跡_d0285540_06581971.jpg

紅葉も綺麗でナイスタイミングでした。

明智光秀は3日天下と言われていますが
実はとても愛妻家で
奥様が天然痘になり頬に痕が残り
結婚は妹と・・・と申し入れをしたのですが
心の綺麗さには変わりはないので是非このまま結婚を・・・と
縁談がまとまったようです。

本能寺の変の6年前に奥様が他界され
もし生きていれば光秀は本能寺の変は起こさなかっただろう
とも言われているようです。

西教寺・坂本城跡_d0285540_07082395.jpg

西教寺・坂本城跡_d0285540_07083869.jpg

光秀は家臣からも信頼があつく
自分のために戦ってくれた人たちには身分関係なく
弔ったそうです。

西教寺・坂本城跡_d0285540_07084105.jpg

琵琶湖が一望できます。


西教寺・坂本城跡_d0285540_07090493.jpg


少し車を走らせ次の場所へ


西教寺・坂本城跡_d0285540_07102932.jpg
1571年
織田信長の命で琵琶湖を渡って比叡山に運ばれる品をチェックすることと
比叡山延暦寺を監視するために
この場所に坂本城を建設されたと言われています。

448年も前の出来事なんですね


西教寺・坂本城跡_d0285540_07101837.jpg
家臣や住民からの信頼が強かったため
のちに城主となった浅野長政は3年で棄城し大津城へ移転したそうです。




宿泊先は
西教寺・坂本城跡_d0285540_07290313.jpg

麒麟ではなかった(笑)











by h13_540 | 2019-11-27 07:09 | 歴史 | Comments(0)

アクロポリス

忙しい日々を送っているため
ギリシャ旅行のプランは全く考えていませんでした。
行きの機内で本を読めばいい  そんな感じでしたが読むこともせず
観光1日目の早朝   旅行雑誌 『るるぶ  ギリシャ』を見て
この2日間のプランをたてました。

行き当たりばったりの旅の始まりです。

初日の天気は曇り時々小雨でした。
気温は東京と変わりありませんが乾燥しています
その分暖かく感じるのかもしれませんね。

まずは 第1目的である 『アクロポリス』を目指してGO^^/
アクロポリス_d0285540_21212235.jpg

パルテノン神殿は丘の上にあるので坂道を登ります
アクロポリス_d0285540_21235054.jpg

お土産売り場もあれば こんなお店もありました
アクロポリス_d0285540_21252915.jpg

お店の方に勧められ^^;
アクロポリス_d0285540_21421965.jpg

アコーディオンを背負い いい味 でてる〜^^♪


アクロポリス_d0285540_21263991.jpg

パルテノン神殿の周りには遺跡がいっぱいです。
日本では パルテノン神殿が有名ですが
神殿ほか周りを全て含んだ丘全体を『アクロポリス』と呼んでいます。
ヘロド・アクティス音楽堂を上から見下ろしました。
BCの文化は凄い!
今もフェスティバルのときには使い
32段の客席に5000人が入るそうです。
アクロポリス_d0285540_22282030.jpg

パルテノン神殿は修復中でした。
このアングルがいつも登場しますよね^^;
アクロポリス_d0285540_22291579.jpg

では  真正面から
アクロポリス_d0285540_22295111.jpg

斜めから
アクロポリス_d0285540_22301820.jpg

真横から
アクロポリス_d0285540_22304384.jpg

後方からです。  これで半周ですね
アクロポリス_d0285540_22313141.jpg

上部には牛
アクロポリス_d0285540_2232128.jpg

ライオン
アクロポリス_d0285540_22322661.jpg

手の込んだ造りですね
きっと意味があるのでしょうが 
有料ガイドさんをお願いしなかったのでわかりません
ネットで検索したらなにかつかめるかも・・・
アクロポリス_d0285540_22344159.jpg

修復中に見ることができたのもラッキー
と思える日が来るかもしれないので載せますが
ひとつひとつを下ろして修復し積み上げもとに戻すようです。
アクロポリス_d0285540_22365761.jpg

ですのでご覧の通り 継ぎ接ぎだらけ
アクロポリス_d0285540_22393094.jpg

かなりの作業ですよね
アクロポリス_d0285540_22392866.jpg

かなりレアな場面かも
アクロポリス_d0285540_22405850.jpg

パルテノン神殿から街を見下ろしました
アクロポリス_d0285540_22413484.jpg

真正面にある丘はリカヴィトスの丘
アクロポリス_d0285540_22443857.jpg

ギリシャに来た実感が湧きました
アクロポリス_d0285540_22451839.jpg

エレクティオン神殿
この女性たちはデプリカだそうで本物は博物館にあるそうです
(ガイドさんの説明が聞こえました)
アクロポリス_d0285540_2255166.jpg

さて 丘を下り始めるとディオニソスの劇場が見えました。
BC4年に木造から大理石に改築されたようです
アクロポリス_d0285540_22573669.jpg

大理石の椅子
アクロポリス_d0285540_22571342.jpg

大理石の椅子に座ると景色はこんな感じ
アクロポリス_d0285540_2258242.jpg

これも凄いな〜

丘を下り残っている中では 最古の神殿
アクロポリス_d0285540_2314938.jpg

ゼウス神殿
アクロポリス_d0285540_2341149.jpg

振り向くとパルテノン神殿が見えます
あちこち見ながら半日が過ぎちゃいました。

全部BCですよ〜〜〜〜〜〜
凄いな〜


余談ですが
アクロポリス_d0285540_14544184.jpg

これは『ベルリンの壁』の残っている部分ですが
崩壊したベルリンの壁の跡は・・・・?
気になりませんか?
アクロポリス_d0285540_1455322.jpg

こんな感じで 壁の跡は残って居ます
アクロポリス_d0285540_14591788.jpg

新しくできた道路にも 城壁の跡は残してあります

これって 行ってみないとわからないことですよね
アクロポリス_d0285540_14593636.jpg

エジプトにあるスフィンクスですが
アクロポリス_d0285540_150381.jpg

行ってみると 尻尾がありました。

これって行ってみないとわかりませんよね〜

だから 史跡めぐりも 楽しいんです(笑)
by h13_540 | 2014-11-28 15:04 | 歴史 | Comments(4)

対馬の歴史

2年前 いつもの様に午前の仕事を終え
セントレアから福岡経由で対馬入りをしました。
翌日 午後の便で帰宅するので
毎度のことながら 強行半日探索でした


今回は土曜日 お休みを頂き
日曜日も19時発のフライトで随分  ゆっくり出来ました。
次に対馬を訪れる時は 是非見てみたい!
っと主人の夢も今回叶えることが出来ました。

対馬の歴史_d0285540_14592062.jpg

島の80%以上が山という島
その山を使い 100年前日露戦争の砲台があった島です
対馬の歴史_d0285540_1504266.jpg

弾薬倉庫
対馬の歴史_d0285540_1521411.jpg

100年前のものとは思えないくらい綺麗でした
対馬の歴史_d0285540_152448.jpg

しかし  この中に
対馬の歴史_d0285540_153272.jpg

これが山積みになっていると思うと  やり切れない思いです
大砲は直径28cm口


対馬は意外と日本人には馴染みが薄い島かと思います
あまり観光アピールもせず
必ず 壱岐対馬と ワンセットの表示^^;
観光化されていない所が いいところかもしれません

海外の方からしてみれば 対馬は有名な島で
戦争中 ロシアやイギリスが欲しかった島のようです

さて  砲台跡の近くに行ってみましょう
対馬の歴史_d0285540_1514415.jpg

後方の一段低い位置に主人がいます
大きさも参考になると思います
対馬の歴史_d0285540_15144561.jpg

真横から撮影
対馬の歴史_d0285540_15151766.jpg

先ほど主人が立っていた場所からの撮影です

この台の上に大砲があったというから
相当 大きなものだったのでしょう

しかし 島の至る所に
砲台があったのですが
1発もこの島からは撃っていないそうです。

抑止力効果はあったと思います



戦争の話は このくらいにして
対馬の歴史_d0285540_15162581.jpg

島の至る所に こんなのがありました
対馬の歴史_d0285540_15165314.jpg

自然崇拝からくるものなのか
対馬の歴史_d0285540_15173349.jpg

信仰心が強い島なので 信仰から来るものなのか
気になって仕方がありません。
帰ってから調べようと思っていたら
空港に説明書きがありました。

蜂洞(はちどう)と呼ばれる巣箱でした。
対馬は、国内で唯一蜜蜂の仲間ではニホンミツバチだけ
島内全域 が生息する島と言われているそうです

すっきりしました^^;
by h13_540 | 2014-06-11 20:50 | 歴史 | Comments(4)

教会群

長崎には沢山の教会があります

これも世界遺産の申請候補です。

まずは「浦上天主堂」の中
教会群_d0285540_6341569.jpg

教会内では撮影禁止なので
外から中を撮影しました^^;
大正3年に作られましたが原爆に合い昭和34年に立て替えられた教会です
教会群_d0285540_6302322.jpg

旧約聖書の一部が表現されています
当時文字を書いたり読める人が少なかったために
ステンドグラスに旧約聖書を描き普及活動に役立たせました
教会群_d0285540_631928.jpg

ヨーロッパに旅したときにキリスト教のイメージが変わりました
今まで身近に感じなかったのですが
ユーロを使用している国の国王はキリスト教に加盟していることが条件だったり
キリスト教は世界を動かし経済も動かしていることに驚きました。
教会群_d0285540_6333910.jpg

次は 「大浦天主堂」
教会群_d0285540_6372366.jpg

1864年に建築された日本最古の木造の教会です
教会群_d0285540_6384232.jpg

ゴシック様式が見事です。
長崎の教会は 鉄川与助さんの作です
福岡にある今村教会も鉄川与助さんの作品です
見学に行った時 交通の便が悪い所にあるので
信者の方が「駅まで送りましょうか?」と声をかけてくださったりと優しさにも触れました。

ヨーロッパ旅行後
日本でもいろんな教会を見に行きました
豊橋にある 豊橋ハリストス正教会が一番近く
明治村にも3つの教会があります。
しかし
何と言っても 五島列島の教会は 見応えがありました

今は蝶に夢中ですが
機会があったらまた教会巡りもしてみたいと思った旅行でした
by h13_540 | 2014-01-11 06:53 | 歴史 | Comments(4)

長崎と言ったら坂本龍馬でしょ!?

長崎と言ったら坂本龍馬でしょ!?_d0285540_738920.jpg

長崎と言ったら坂本龍馬でしょ!?
長崎と言ったら坂本龍馬でしょ!?_d0285540_7272862.jpg


長崎と言ったら   えっ!?福山雅治?  それもありかも・・・^^;
長崎と言ったら坂本龍馬でしょ!?_d0285540_728683.jpg

今回は亀山社中に行ってみました
長崎と言ったら坂本龍馬でしょ!?_d0285540_7283862.jpg

海外に刺激を受けていた龍馬はここから世界を見ていたんでしょうね
長崎と言ったら坂本龍馬でしょ!?_d0285540_7285095.jpg

私も 龍馬気分を味わおうとしましたが
高層ビルだらけで思う様に見えませんでした^^;
by h13_540 | 2014-01-10 19:53 | 歴史 | Comments(0)